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南八甲田山の旧県道 №1
2007年06月21日
南八甲田山に旧県道(登山道)がある。
5月中旬、独りテレマークスキーで猿倉温泉から矢櫃橋経由で赤倉岳に向かった。
途中、矢櫃湿原でダウンバースと思える木々が散乱していた。
そこへ、ダウンバーストの調査をしていた南八甲田山を愛する会のSさんと出会った。
彼は、ダウンバーストのことをいろいろ教えてくれた。
また、本人の南八甲田山の自然についての思い入れを話してくれた。

5月下旬、南八甲田山赤沼付近にあるブナの巨木とドロの木の巨木まで、奥入瀬渓流ガイドの方が案内をしてくれた。
一緒のメンバーに十和田山岳会会長のSさんもいた。
S会長さんは、青森県山岳連盟の会長さんでもあり、4月ぐらいの東奥日報新聞に青森県勤労者山岳連盟の会長さんとともに南八甲田山登山道整備をと記載されていた。
その、S会長さんから「南八甲田山の登山道(旧県道)を整備しなければならないが、どう思うか?」と聞かれた。
「えっ!ついに、来たか~」と思った。
登山用品の店をやり始めてから今日まで、来店するお客様や友人達からよく南八甲田山の登山道(旧県道)の問題点や、愚痴を聞いたりする。
その、旧県道について、南八甲田山を愛する会のSさんと南八甲田山登山道整備を推進のS会長さんとの間に挟まれた。
私的にどちらもの方達とも交流があるので・・・・・。
こまってしまった・・・・・・。
なので、ついに来たか、と。

さて、八甲田山連峰は青森県に無くてはならない存在であるとみなさんもご承知かと。
観光面を始め、生活面、情報面といろんな意味を持っている山で、面白いのは八甲田山連峰自体が青森県の中央に位置し、東西南北の主要都市から見えることだ。
十和田市、八戸市から見え、下北半島むつ市から見え、津軽の弘前市、鯵ヶ沢からも見える。
仕事場や旅館、船、飛行機からも窓越しに見え、八甲田の景色と四季のうつり変わりを楽しめる。
また、何処の街に行っても八甲田が見えるので、八甲田の向こう側が我が家か、と家路に急ぐ。
八甲田は青森県の「ヘソ」と言ってもおかしくはない山で、青森県の代表とされる山だ。
岩木山には悪いけど。

また、自衛隊気象班に所属する、気象予報士の友人は八甲田山上空の気象変化が激しいことから、予報士を悩ませるとか。
彼らはこれを「八甲田マジック」と呼んでいるという。
いろんな意味で、青森県と八甲田山の関わりがあるようだ。

そして、私と八甲田山の出会いは、今から36年前の小学校3年生のとき。
親父に連れられ、弟と同級生5人で登ったの最初だ。
親父は、昔からの山男で、山の登り方、安全面など口うるさいほどの人物であった。
親父を含めた6人で三角テントを担ぎ、昔は厳しくなかったが仙人岱から小岳の分岐にテントを張り、泊まった。
が、夕食に出されたピーマン、玉ネギ、ナスの野菜炒めを食べれなくて5人ともテントから追ん出さ、夜遅くまで外で泣いていたものだ。
親父いわく「食べろー!食べるまでテントに入れない!」と怒っていたなぁ~。
次の年、同じ場所にテントを張り、夕方親父に内緒で雪渓に遊びに行き、面白半分にソリ滑りして体中ドロンコだらけにした。
これまた怒られた。
「誰が、雪渓で遊んで良いって言った!テントに入るなぁ~!」って。
この年も夜遅くまで外に出され同級生と泣いていたもんだ。
次の年の3月、親父のスキー仲間と同級生達とロープウェイに滑りに行ったが、山頂駅付近が強風のためロープウェイが止まっていた。
親父いわく「登るぞー!」の掛け声で、スキー担いでダイレクトコースを2時間かけて登った。
おかげで、山頂駅は風速25mの強風で飛ばされそうになった。
それから、幾度も八甲田に登り、高校1年生の夏休みに久しぶりに同級生5人で一泊二日の八甲田山縦走をした。
途中の仙人岱ヒュッテに泊まったが、夕食の味噌汁を忘れ酸ヶ湯温泉まで降りて、味噌汁を買いまた仙人岱ヒュッテに戻った時があった。
その時は、走って降りて、走って登って往復40分ぐらいだった記憶がある。
次の日は、高田大岳に登るのが面倒で、小岳から田代岱に降りた。
それから、成人になった20歳の10月下旬、2、3日前に降った雪がまばらに積もっていたが南八甲田山駒ヶ峰に独りで登りに行った。
猿倉温泉から猿倉岳へ、猿倉岳から偽駒に向ったが途中から登山道なのか、そうなのか不明な道があちらこちら駆り払いされており、とうとう途中で迷ってしまった。
椴松に登り、平らなところを探し、雪が付いた笹をかけわけ、湿地帯に出た。
そこで、コンパスと地図を出し、自分の位置を確かめた。
地図を見ると、もう一本の登山道があるのでそこに出ることにした。
コンパス便りに、その登山道にやっとでたのであった。
自分の位置を確認すると、駒ヶ峰の登山道と旧県道の分岐付近だったことが分かった。
これが、私と南八甲田山の旧県道の出会いであった。
始めた見た旧県道は今より道がきれいで、凹凸が無く、道も幅広く、「これは、どういう道なのか?」と不思議に思っていた。
さらに驚かされたのは道に残っている雪に、トライヤルバイクのタイヤ痕が2本残っていたことだ。
見ると、登り方向は櫛ヶ峰の麓まで続いていて、降り方向は猿倉温泉に向かっていった。
「ここまで、バイクで来れるのか?」と不思議に思いながら猿倉温泉に向かった。
途中幾度と幅広い道の脇にある石垣やコンクリートの橋、ゴロゴロした石。
どう見ても、道路のようであった。
帰宅してから、親父にこのことを話した。
親父いわく、この登山道は旧県道だという。
「なるほど」と。
では、なぜここに県道があるのか?
親父に聞いたら・・・・・・・・・・。
ま、とかく問題が多い八甲田山だが旧県道についてはこれ以上書くと長文になるので、続きは次回に。
て、日記には書いておこう。

*写真は旧県道6年前に撮影したもの、今はどうなってるのか?


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