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南八甲田山の旧県道 №9
2007年09月14日
学校の夏休み期間中、ある大きい中学校へ仕事に行ったときのこと。
この日は、朝から雨がザーザーと降り続いていた。
学校には部活動に専念する生徒達が登校していた。
が、ビックリ!した。
というのも、雨がザーザーと降りしきる中を雨具も着ずにグランドで部活の練習をしていた。
練習と言ってもヤル気があるのかないのか、用具が入っている小屋をびしょ濡れになりながらダラダラと歩いて、行ったり来たりしている。
さらに、複数の生徒がベンチや花壇に腰を下ろし、オニギリやパンを食べていた!?
雨が降って、体が濡れているにもかかわらず。
雨のスパイシーさがいいのか?
それにしても、この光景を見ている学校側は何も言わないのか?親はこの光景を見てどう思うのか?と不思議に思った。
昔は、雨が降れば「風邪ひくから、カッパ着ろ!」と怒られ、言われたものだが。
とにかく、異様な光景だった。

さて、8月28日(火)にカワヨグリーン牧場に小野田寛郎さんが講演に来た。
小野田さんと言えば、フィリピン・ルバン島に終戦後30年間独り生き残り戦争をしてきた人だ。
その小野田さんが、「生きる」を演題に、内容は「親が変われば子も変わる」と、いったことを話してくれるというので聞きにいった。
初めて見る小野田さん、「この人か~!」と。
表情はニコニコと優しい顔をしていた。
が、最後の挨拶時のお辞儀や花束贈呈の時の顔は、一瞬表情が厳しくなり精神ともにビシッとし、30年間戦ってきた軍人の顔になった。
島で30年間戦って来た顔、島から生還し平和な今日までの33年間を暮らしてきた顔。
この両方の顔を持って生きている人なんだなぁ~とも思った。
し、本当の小野田さんの顔はどれなのか、と。
その小野田さんが話してくれたことは、「自分が30年間ルバン島から生きて帰れたのは、周りにいる人達のおかげだ」と話していた。
「ルバン島での生活は島民から奪ったもので生活をし、日本から若い冒険家が自分を探しに着てくれたおかげで今の自分がいる」などなど。
「周りの人達の助けがなければ生きて帰って来れなかっただろうと」と。
「なるほどなぁ~」と。
ま、その他いろいろジャングル生活の話をしてくれた。
中でも、「一番の敵は雨だった」と。
雨に濡れた服を乾かそうにも、焚き火が出来ない。
焚き火の明かりや煙で敵に発見されてしまう危険がある。
どうしたら服を乾かそうかと。
服が濡れたまま気を抜けば風邪を引いてしまう。
など、いろいろ雨にまつわる話しを聞かせてくれた。
こうした話しの中で、小野田さんが行っている事業「小野田自然塾」の話しに触れた。
この自然塾では子供達に自然の素晴らしさや生き方を教えているそうだが、このごろは親を躾しなければならないと話した。
小野田さんいわく、今、新聞、雑誌、テレビ等のマスコミで「いじめ」「自殺」といった活字がおどっていない日がない。
家庭、学校、職場、そして国までもが、もがき苦しんでいるように見えるという。
ひとつの話の中で、「子供が雨の日に傘や雨具を着せて行かせないのが問題だ」と。
「雨で体が濡れたらどうなるのか、これを子供に躾けていない」と。
「濡れれば、風を引く。引けば人様に迷惑をかける。この迷惑をかけるということを子供達に教えていない」と。
「だから、親を躾ななければならない。子供が言うことを聞かなかったら叱る。それでもダメだったら怒る。それでもダメであれば叩いて体罰を与え教える、
そうしなければ子供は覚えない」と言った。

その時、雨の日に濡れた中学生達のことを思い出した・・・・。
結局、生徒達は次に起こりえることを考えてないような気がした。

以前、地元中学校の課外授業に参加し、2年生8名を自転車で4泊5日の竜飛崎往復300Kmのトライやるウィークを行ったときがあった。
この時も、雨が降り8名に「カッパ着ろ!」と言っても「大丈夫です。」と言って言うことを聞かない。
結局、2名がリタイヤし、竜飛崎まで行けなくて泣いた時があった。
さらに、こういう生徒達が就職に着いたとき、外の仕事で雨が降り「カッパを着ろ!」と言っても「大丈夫!」と言ってそのまま仕事を続け、結局熱を出し2~3日休むはめになる。
これを考えると、どうやら小さいときの親の躾に問題があるのか、とも思った。
私は、小さいころよく親父にバッーンと叩かれた。
「何で叩かれたか、言ってみろ!」と言われた。
言わなければ、再度手が飛んできた。
泣きながら答えた。
また、雨が降り、傘もささずに出るとよくカッパを投げつけられ「着ろー!」って。
ま、昔の人だったからなぁ~と。
その「着ろー!」もようやく分かり始めたのは高校時代の練習船。
実習航海時に教官から「カッパ、着ろー!!!」と耳もとで叫ばれていた仲間がとうとう熱をだしてしまった。
海の上には病院は無い、緊急で入港になるのかと。
病院がある陸までは1週間かかる、しかも日本語は通じない。
先生、生徒、練習船関係者、学校と総勢100人が1人のために心配をした。
カッパを着るか、着らないかで、昔のことをふと思い出した。

小野田さんは、「カッパを着る、着ない」を例にもがき苦しんでいるように見える日本を変えようと、その為には親を躾ししなければと。
それを言いたかったのであろう。
たった45分の講演だったが、内容が濃く充実していて面白かったし、勉強になった。
この日記にいろいろ講演の内容を書きたかった。

講演終了後、小野田さんからサインを頂いた。
サインは、親父が昭和40年に購入し、祖父、親父、私と親子三代読んだ本、「わがルバン島30年戦争」(著者:小野田寛郎、出版社:講談社、昭和49年9月8日第一刷発行)の中に、小野田さんがジャングルから出てきた模様の写真が記載してある部分に「多謝御愛蔵 平成十九年八月 小野田寛郎」と書いてくれた。
これが、私のお宝となった。

最後に、この日に一冊の本が売られていた。
題名は「魚は水、人は人の中」。
著者:原充男さんが小野田さんが伝えたいということを、小野田語録でつづった本だ。
その中に、気になる文面があった。
それは、
「豊かさは自分の心で感じるもの、不便さは何とでもなる、最後は自分の五体で何とかなる。」
小野田さん、まだまだ長生きして講演活動を続けて頑張ってほしいなぁ~。
と、日記には書いておこう。

写真:上:Fhoto By 白神カヌー工房(小野田さんと奥さん)。
下:お宝となった本。



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